尾瀬の歴史

沼山峠からの尾瀬沼の景色

尾瀬の生い立ち

尾瀬の地域形成については色々な説がありますが、現在では次のような説が有力のようです。

今から2500万年くらい前の尾瀬は至仏山だけあり、その後那須火山帯の火山活動で周辺から噴火し、現在の尾瀬ヶ原湿原の大部分が溶岩で埋め尽くされた。

その後アヤメ平、檜貴山、大白沢山、皿伏山などが噴火し、堆積と侵食を繰り返し、火山活動の最後に燧ケ岳が噴火。
この燧ケ岳の噴火した溶岩により、只見川の源流はせき止められ、堰止湖を誕生させた。

これが、尾瀬ヶ原盆地と尾瀬沼と呼ばれるもの。

8000年前くらいから、湖は周囲の山から運ばれた砂礫により埋められ、平原となった。
その後、平原をいくつもの川が流れ、氾濫を繰り返しながら湿潤かしていき、ヨシやスゲなどの植物やミズゴケが繁茂するようになった。
これらの植物は枯れてもあまりの低温の腐敗することなく堆積し泥炭に変わり、これが長い年月繰り返され、現在の尾瀬が原に変貌していったと考えられている。

- 参考 - 「北魚の自然ガイドブック 尾瀬の自然」より